はじめまして。だつかんと申します。
1992年生まれのサラリーマン投資家です。市役所職員を転職し、民間企業の経理で働いています。インデックス投資と高配当株投資の二刀流で資産形成に取り組み、40代のうちにFIRE達成を目指しています。
このページでは、投資歴を軸に私がどんな人物なのか紹介していきます。
大学時代、株式投資に出会う
私が初めて証券口座を開いたのは、大学生の頃。
ネットでいろいろと調べ、一番評判の良かったSBI証券を選びました。手数料は業界最安で、当時も今もメイン口座として愛用しています。
始めた頃の軍資金は10万円もいかないほどだったでしょうか。株ってなんか儲かりそうという気軽な気持ちで始め、初心者向けの株式投資本を読んで実践へ。
「PER15倍以下が割安の目安なんだ~」などと浅い知識しか持たずに、誰もが名前を知っている有名大型株に資金を入れる日々でした。
ちょっとした値動きに一喜一憂し、数百~数千の損益が出るごとに「バイト代稼げた!」などとゲーム感覚で取引していたように思います。
市役所に入庁、投資から遠ざかる
もともと株式投資に対して強い動機がなかったためか、就職と同時に仕事の忙しさで遠ざかっていくようになりました。
市役所に入庁後は配属された部署がかなり忙しく、毎日の残業は当たり前。帰宅が22時を超えることはしょっちゅうでした。仕事にまい進していたため、投資活動はほぼ休眠状態。
思い出したように休みの日に証券口座を覗く程度の日々がコロナ禍まで続きました。
小型株集中投資で総額400万円の爆損
本格的に株式投資に復帰したのはコロナがきっかけでした。
市場がコロナショックから奇跡のV字回復を見せ、ネットなどから投資情報をよく耳にするようになったためです。市役所の仕事にストレスを感じていたことから、投資で1億円を稼いで仕事を辞めてやると意気込み小型株集中投資に手を出しました。
仕事に打ち込んで貯めた軍資金の大半を、当時流行っていたマザーズ銘柄に突っ込み、短期間で100万円以上の確定利益を獲得。数日で月収の4~5カ月分を稼げたことには本当に興奮しました。しかしこのビギナーズラックがよくありませんでした。
味を占めてマザーズ攻めを続けたその後、小型株ブームは終焉。損切り判断が甘々だったことからあっという間に持ち株は含み損へ転落し、時間とともに損は拡大していきました。
株価は上昇よりも下落スピードの方が圧倒的に早いことを痛感したのはこの時です。
損切りのタイミングを完全に見失った塩漬け株。なんとか少しでも有効活用法できないかと模索し、損益通算用に今後の利益と少しずつ相殺していくことにしました。
3年間かけて少しずつ損切りを進めた結果、確定した合計損失額は400万円にのぼりました。
腰を据えた長期投資に方針転換、ガチ勉強する
大損したときに唯一救いだったのは、生活防衛資金に一切手を付けていなかったこと。
余剰資金の大半は無くなったかもしれません。しかし、正職員として働いていたので生活は維持できていて、投資のことなど関係なく巡ってくる日常に少しずつ冷静さを取り戻していきました。「大丈夫…死にはしない」。すると今度は本気で勉強したいとモチベーションが急上昇していきます。
勉強の結果、選択した投資手法はインデックス×高配当株投資。今は給与収入を「減らしにくく、時間をかけてゆっくり増やしていく」ことを心掛けて運用しています。
株式投資に関しては、人並みに失敗を繰り返してきました。それこそ本当に資産の大半を消し飛ばしたこともありました。それでも相場から退場しなかったのは、株式投資には人生を変える力を感じていたからです。
私はよく、株式投資はまるで包丁みたいだと思うことがあります。使い方を知らない人が持てば怪我をしますが、使い方を勉強した人が持てばおいしい料理を作る上でとても便利な道具となります。勉強して向き合うことで私たちの生活をとても豊かにしてくれるのです。
私の投資歴は先輩方に比べたらほんの序の口ですが、どこかにきっとこんな私の経験を有効活用してくれる人いるはず。そんな思いを込めてブログを運営しています。 これからどうぞよろしくお願いします。
【おまけ】ペンネームの由来
ペンネーム「だつかん」に込めた思いを紹介します。
だつかんは「脱!官」と「奪還」からきています。
- 「脱!官」…私の人生で安定の象徴であった市役所を脱出し、リスクをとってリターンを追い求めていく決意の表れです。
- 「奪還」…自由を奪還するというFIREへの思いを込めています。
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